月の見たモノ

syu1212h.exblog.jp

カテゴリ:八丈島( 7 )

八丈島7

先生が亡くなって、junと八丈島にお墓参りに来た時のこと。
junが「ケーキ・・・フワフワの・・・真っ白いケーキが・・・」と、急に言い出して
「そうそう・・・あのケーキね・・・」と、私が懐かしがると「そのケーキ何?今ね、私の中にそのケーキが見えるんだけど、何これ?すごいフワフワのケーキ・・・・」

考えてみればjunはそのケーキの事は知らないのだ。しかしお墓の前に立ったら、ケーキが見えて、フワフワの食感までも感じている。junの頭の中にパッ・・・と、フラッシュバックするようにそのケーキが見えると言う。頭の中のそのケーキはjunの口の中に食感までも伝えてきて「なんだこれ?」と驚く。

きっと先生があの時のケーキの事、ありがとうって言ってるんだなと思った。

先生が絶賛してくれたおかげで、私はケーキを作れるってことに自分で気付いた。島の婦人会でお菓子教室を開催したり、島の子供たちに12種類のケーキバイキングをしたりして、やっと私は自分の中にあるものを見つけることができたのだ。

持っているのに気付かないもの、島の人たちは引き出してくれる。
「あなたにはこれがあるじゃない」と、肩を叩いてくれるのだ。

私なんて・・・と思った時には、こう思うようにする。
「まだわからないだけ。まだ気付かないだけ」自分の中の引き出しは思っているよりもたくさんあるのだ。
忙しさや、ものに溢れた生活の中で見失っているだけで、本当はちゃんと自分の中にある。

島にいると、そんなものが少し見えてきたりするのだ。


結局ゆっくり話せなかったすまこさんにはホテルから電話をした。
すまこさんの島言葉が早口過ぎて私は待ち合わせ場所を勘違いしてしまったのだ。
「待ってたのに!」「家に行ったんだけどもう居なかったじゃん!」
文句を言いながらも、会えなかった時間を潰していくように語り合った。

「よかったじゃん、話ができて。また来るだろう?」
「来るよ。夏に来たいし、春にも来たいよ」
「今度は~、ゆっくりお茶飲もうじゃ。またおじゃれ」

またおじゃれ。島の言葉の素敵な響きが耳に残る。
驚かせようと突然島に来たのはもう何年前だろう。
ばったり会った私の顔を見て「ヒロちゃん?ヒロちゃんだわぁ・・・・うそうそうそっ」そう言いながらポロポロと涙を流したすまこさん。本当に素敵な思い出ばかり。

島から帰ってきた私は、まだ心だけ島に残しているみたいな毎日だ。
今日もあの場所にはあの人たちが暮らしている。
そう思うだけで「私も頑張ろうっ!」と背筋が伸びる。


今度はね、島の人を東京の私の家に連れてきたい。下町の何でもない暮らしだけど、相撲部屋もあるよ。スカイツリーも見えるよ。ささやかな散歩道や、路地裏の植木散策も。私の淹れるエスプレッソと焼き菓子も用意しよう。スパイスたっぷりの手作りカレーも食べて欲しい。

あぁ・・・のりちゃんとさおちゃんと子供に戻ってディズニーランドにも行ってみたいよねぇ・・・。
だけどさ、ディズニーランドの花火だけは、毎晩私の家から見えるんだよ。屋上にサングリアを持って行ってさ、飲みながら花火を見ようよ。junの作るサングリアは最高においしいんだ。我が家にミッキーマウスはいないけど、エンターテーメントはないけど、下手くそな私のムーンウォークを披露するよ(笑)
きっとひっくり返って笑うだろうなぁ。そう思っただけで私は涙が出そうだ。

カラフル過ぎて落ち着かない私の部屋も、ヨボヨボの老犬ナナも、全部見せるから今度は私の家に来て欲しい。これが私の拾い集めた東京の暮らしの中での幸せのかけら。高価なものはひとつもないよ。だけどね、私の手の中で小さく輝く幸せのかけら。今度はそれを仲間に分けたい。

遠くない夢だ。これはきっと遠くない夢だと思う。きっと叶えてもらおう。

仲良しに配ったお土産はとらやカフェのパウンドケーキと、みんなでお揃いの鎌倉彫のお箸にした。
「食卓を一緒に囲むと仲良くなる」島の人の知恵。そうやって私も仲間に入れてもらってきた。

だから離れていても思い出してもらえるようにお揃いのお箸。毎日使いながら私も島を想っている。

あぁ・・・楽しかった。こんなに満たされた気持ちになるなんて。
今度はね、子供たちと体験ダイビングなんてやってみたいなと思ったりしている。
夏祭りでマイムマイムを踊りたいなと思ったりしている。

何よりも「絶対また島に行こう」と思っている。この続きを語れない今が寂しい。
またいつかこの続きが語れる日を楽しみにしておこう。

私たちの毎日はパズルの1ピースみたいに、それだけを見ていたら何ともない、何も魅力を感じないものだ。だけど、たくさん集まって、ちょっと離れて見てみたら・・・それは大きな思い出になっていたり、とても美しいものになっていたりする。

「どの時も、今につながるために必要だった時間」さおちゃんの言葉はまさにその通りだと思った。
毎日がハッピー♪そんな風にはなかなか暮らせないけど、あの時幸せだった。そして今も幸せだよねと笑い合える仲間がいる事を幸せだなと思う。

今回の閉校式の為に力を注いでくれたみなさんに心から感謝。ご苦労さまでした。

長い長い長文、お付き合いしてくれたあなたにも感謝です。ありがとうございました。



[PR]
by syu1212h | 2013-02-23 09:19 | 八丈島

八丈島6

d0108370_85474.jpg


3日目最終日

ホテルを出て、ランチまでの時間があったので末吉へ向かう。海の神様にご挨拶。今まで行った事がなかったねと主人と登ってみることにした。

写真で遠目に見たら、高い階段だなぁ・・・くらいにしか見えないけれど



d0108370_8543330.jpg


こんなに急なのだ。はしごのように手を使って登っていき、下りる時はそのまま後姿で降りるか、私のように尻をついて下りるしかないだろう。

「夢の中でこういう階段に登ったりすることあるけどね、大抵落ちちゃうね・・・あぁ・・・恐ろしい・・・」

神様は簡単に会えない場所に居るんだよというさおちゃんの言葉通りだ。
潮風がビュービューと吹き付けるけど、この場所が好き。漁協で歓迎会を開いてもらったなぁ・・・。
子供たちがここで泳いだなぁ・・・。私は初めてここから海に飛び込んで、楽しかったなぁ・・・。静かな海に雨の中入って、ただただ全身に雨を受け止めた日もあった。

人ってこんなにちっぽけで、無力。なーんだ・・・。大した事ないくせに、何を強がっていたんだろう。
この海の上にポカリと浮いて空を見ていると、自分がどんなに小さな存在であるかを思い知るのだ。あの夏の、あの日、私は生まれて初めて本当の自分のちっぽけな存在を知った。

私にできることなんて、きっと誰にでもできること。だけど私がやらなければ誰にもできないこと。
誰のせいでもない。私が自分でやってみることが、私が動くって事が、本当の最初の1歩なんだな。
そんな事をこの島の中でゆっくりと私は学ばせてもらった。

海でのんびりした後、三郷田林道に散歩へ。ここ愛犬ナナと散歩したり、木イチゴを摘んだり、楽しい思い出がいっぱい。あちこちにあったフリージアの畑はもう今は無いみたい。

夏に島に引っ越してきて、翌年の春島中にフリージアが咲乱れた時、この島の本当の美しさを見た気がした。ここは天国だな…きっと天国ってこういう所なんだろうな…そう思った。

歩いているうちに暑くなってきて「ここにコート置いて行こう」と、道端にコートを脱ぎ棄ててきた。
のどかな山道。今はもう歩きやすく舗装されているけれど、あの頃はまだ道が悪くて雨の後などはドロドロになって歩いたものだ。

なんの目印も無いのに、次のカーブのところに木イチゴの木がある!とか、この先がフリージア畑だったとか、よく覚えているものだ。

ナナが水を飲んだ場所、海が見えてくるところ、どこを見ても懐かしい景色だった。
行きの道で脱ぎ捨てたコートを拾ってまた来た道を戻る。

少し早いけど、のりちゃんの家に向かう。
「一緒にランチ食べない?」と誘ったけど「女同士の方がいいよ、きっと」と、主人は車に乗り込みドライブに出掛けて行った。

d0108370_951637.jpg


のりちゃんが選んでくれたランチの店は、とっても隠れ屋的なカフェ。
「ここにあるの」と言われて店の前まで行ってもわからなかった。

「ヒロちゃん、先に入って。驚くよ」楽しそうなのりちゃんとさおちゃんの笑い声を聞きつつドアを開けると・・・

d0108370_954866.jpg


素敵な空間が中に広がっていた。手作り感のある店内はとても落ち着いた雰囲気で手作りのお菓子や居心地の良さそうな空気が漂っている。

「素敵!わかる、わかる!この店が良いっていうのりちゃんたちの感じがすごくよくわかるわ」

d0108370_961489.jpg


オススメのサンドイッチを注文。私はカプチーノ、さおちゃんたちはカルダモンミルクティーを。これがまた良い香りでおいしそうだった。

他愛ない話ばかりだけど、とても面白かったのはのりちゃんの旅の話。
ニュージーランドにホームスティした時の食事の仕方が素敵だという。粗食で小食。だけど感謝して大切に食べるその食べ方を知ると、日本人は罰が当たるんじゃないかと思うほどだという。

ホームステイ先のホストファミリーが、島の人に似ていたという。
お礼をしたいと申し出たら、お礼は要らないと受け取らない。その代わり、今度はあなたが誰かに同じようにしてあげてくださいと言うのだ。

まさにそれはのりちゃんや島の人の心と同じ。話を聞いているだけで、心が震える。
私にもできるかな?いつか島の人の心のように、人を励ましたり、そっと寄り添ってあげることができるかな。できるようになろう。この人たちみたいに私もなりたいと強く思った。

最近気になっている台湾も、いつか3人で旅行したいねと話す。
屋台料理、観光、占いもしたい。いつかきっと叶えたいな。

台湾旅行の後は、トルコ旅行。素敵なモザイクを是非見てみたい。これまた大きな夢だ。

島にいると外が見たくなる。だけど外に出れば島の良さがどんどん見えてくる。

島には何もない。カラオケもユニクロもコンビニもないけど、主人と見上げた夜空にはクラクラするほどの星が見えて、耳を澄ませば波の音がした。

そして何よりも島には島の心がある。

あの頃の思い出の中で、私がいつも大切にしている想いがある。
東京の暮らしの中で、つまらない事だけどふとした時に仲間の持ち物が高級ブランドだったり、ピカピカの指輪が光る指先だったりすると「あ!すごいな・・・」と思う。

そんな価値観が島では全く「無」なのだ。

どんなに煌びやかでも、どんなに華やかでも「あなたが本当に持ってるものって何?」と聞かれているような気がするのだ。ブランドのバックや財布などどうでもいい。それよりも、あなたは何ができるの?私たちに何を伝えてくれるの?と、島の人たちの心が言ってるような気がした。

流人の島。ここに文化を伝えたのは流されてきた罪人たちだと聞いた事がある。だから島の人たちは新しい文化を受け入れる大きな器を持っていて、古いものも大切にしながら新しいものにも大きな興味を示してきたのだ。

そう思うと私は空っぽだった。島に来て私が最初に感じたのは「私は何も持ってない・・・」ということだ。慣れていけばいくほど、島の人たちは豊かでそれぞれに素晴らしいものを持っていた。

あの人は花を作るのが上手なの。
あの人は歌がうまいの。
あの人の作る漬け物は最高。
機織りならあの人に聞きなさい。

そんなふうに、それぞれに得意なことがあってそれをみんなが自分のことみたいに誇りにしていた。

私は・・・私は・・・
空っぽの私はひとつひとつ教えてもらうことにした。魚のさばき方、島の味、寿司の握り方、花の作り方・・・。
島の人たちは何でも教えてくれた。本当に何でも、丁寧に教えてくれた。

趣味で通い始めた陶芸教室。これは私の大切な趣味になって、教室で過ごす時間は本当に幸せだった。
一人で黙々と土をいじる。先生も無言で黙々と作業して、時々おしゃべりしてはクスクス笑い合う。先生はもう亡くなられたけれど、私は今でも先生の笑顔と、魔法のような手を忘れない。

空っぽの私に、ヒントをくれたのは先生だったのかもしれない。ある日私はケーキを焼いて持って行った事がある。珍しく先生が「嫁にも食べさせたい」と、私にケーキをねだってきたのだ。

人の役に立てることが私にもあったのかと思い、嬉しかった。「あんなにフワフワしたケーキは初めて食べた」先生が喜んでくれたので私はシフォンケーキをホールで焼いてクリームと薄く削ったホワイトチョコレートを貼り付けたものをプレゼントした。

後に、このケーキは不思議な事をしてくれることになった。


続く
[PR]
by syu1212h | 2013-02-23 08:52 | 八丈島

八丈島5

d0108370_10551443.jpg
d0108370_10553616.jpg
d0108370_1056281.jpg


どうしても来なくちゃ行けない場所がここ「のんぶらり」
島の植物と雑貨を扱う店で、私が島に居た頃この店はオアシスのような場所だった。

店主のルミさんはとってもカッコいい女性で、細い体なのに包み込むような大きなオーラを感じる。何よりも嬉しいのはたまに顔を出しても必ず覚えていてくれて「おかえりなさい」と迎えてくれることだ。

「ただいま!」そう言わせてくれる事に感謝だ。仲良しののりちゃんもこの店で働いていて、島の女性の素敵さが溢れる店なのだ。

今回どうしてもこの店に来なくちゃいけないと決めていたのにはわけがある。
私の姪っ子エリナのバンド「ノンブラリ」から「のんぶらり」へとお手紙とCDを預かっていたのだ。

まだまだ幼かったエリナが島で感じた想い、のんぶらりで感じた人の暮らし、大人になってもエリナの心の中で消えなかった「のんぶらり」を目標に唄う「ノンブラリ」

色んな想いを今回ルミさんにお伝えしたいということになったのだ。

「姪っ子がね、この店に来たのは小学生の頃だけど・・・今「ノンブラリ」っていうバンドをやってるの。勝手に名前を使ってることのお詫びとね・・・」と、話すとルミさんは
「まぁ・・・えぇっ?のんぶらり?」と驚いた声をあげた後「嬉しい・・・」とつぶやいた。

「のんぶらりは登録商標ではないのだから、勝手に使うなんて言わず、誰でも使えるのよ」そう言って笑うルミさんの笑顔がどこまでも優しくて、春の潮風みたいに温かい。

「まだ子供だったから、その気持ちを言葉にする事なんてできなかったんだけどね、あの子の中でこの場所がとても大切な場所だったのね。生まれて初めて自分以外の人の暮らしを「愛しい」って感じた場所なの。人が生きる暮らしや、何でもない生活を、愛しいなぁって思う事をこの場所が教えてくれたのね。だからその気持ちを心の中に置いて「ノンブラリ」っていうバンドで唄ってるのよ。いつかメンバーと一緒にここに来たいって。目標だって言ってる。これがそのCD・・・。これを渡すのが今回の私の使命なの」

ルミさんは大切そうにそのCDを受け取り「ありがとう・・・うれしいわ・・・」と、中を見た。

そのアルバムは何枚かあるノンブラリのアルバムの中でも私が一番「のんぶらり」の雰囲気があるなと思っている。そして後でエリナもそう言ってた。「ノンブラリ」としての活動を始めてすでに3年。最近はアコースティックライブなどもやってて、私が見たライブはまるでキャンプファイヤーに集まるような気持ちになる素敵なライブだった。



ちょうどその時のりちゃんがランチから帰ってきて「のりちゃん、これ姪っ子さんのCD!ノンブラリっていうんだって」と、嬉しそうに説明していた。

「聞いてみよう」ルミさんが店内にノンブラリの曲を流す。

のんびりした店内にピアノ曲が流れていく。こんな素敵な事ってあるだろうか。
あぁ・・・ノンブラリに聞かせたい。この場所であなたたちの曲が流れていますよ・・・。
あなたたちの目標であるこの場所に今、響いてますよ・・・。

言葉だけでは伝えられないたくさんの「暮らし」誰にでもあるはずのその暮らしや生活を当たり前のように通り過ごさずに、光のかけらみたいな小さな幸せをつまんで拾い上げるようなささやかだけど、温かい幸せ。

それがこの島の中のあちこちにあって、のんぶらりにもやっぱりそれがキラキラ光っているのだ。

感動した。そして本当にいつかこの島でノンブラリにはライブをして欲しい。そんな夢を語ったら・・・

「実はね、島にライブハウスができたの。母の実家のね・・・」ルミさんからライブハウスの情報が聞けた。
島のお土産屋さんだった建物。(これがとってもレトロな素敵なお土産屋さんだったのだ)その場所が今やライブハウスになっているという。すごーいっ!素敵過ぎるっ!

オープニングレセプションの模様がこちらのブログにアップされていて素敵さがうかがえる。

夢がまた一歩現実的になっている。
八丈島がまた私の中の宝物になっていく。泣きたくなるようなこういう気持ちを、言葉にしたらなんていうんだろう。誰になのか、何になのかわからないけれど、ただただ「ありがとう・・・」と言いたくなる。

素敵なのんぶらりを後にして、子供たちを空港に送る。短い時間だったけど、子供たちにとって今回の島はこれからの繋がりになるものだったと思う。

故郷というものを持たない子供たちの「心の故郷」であるように願う。

ホテルに戻って、ふと思う。
「ねぇ・・・私、のりちゃんとさおちゃんともっと話したかったな・・・。なんかちゃんと挨拶もしないでフワーッと帰ってきちゃったからさ、心残りで気持ち悪いよ・・・」
主人にブツブツとつぶやくと
「ねぇ・・・こっちだってね、気持ち悪いんだよ。なんだかちゃんと話ができたのかなぁって。お願いだから心残りないようにしゃべって来て」

フフフ・・・ありがとう。すぐにのりちゃんに電話をしてランチの約束をした。さおちゃんにも連絡。
「ありがとう!こういう時間が欲しかったの!ありがとう!」さおちゃんが受話器から飛び出しそうな声で喜んでいて、私もベットにひっくり返って喜んだ。

ランチの後で、最終便の飛行機で東京に帰る。これで満足。満足としよう・・・。



続く
[PR]
by syu1212h | 2013-02-23 08:37 | 八丈島

八丈島4

d0108370_858332.jpg



八丈島2日目。子供たちは最終便で帰るのでホテルをチェックアウトして玄ちゃんの畑を見にいくことに。
家に行くとそこには働く姿の玄ちゃんが待っていてくれた。

初めて見る玄ちゃんのメガネ姿。「うわぁ・・・メガネなんて大人みたい」「東京にいたら目が悪くなっちゃって・・・」

庭先にはロベの葉が収穫してあって、これは島の人の収入源になっている。バラなどの花束の添え物として使うこの葉っぱは島のあちこちに畑があって玄ちゃんもこれも収入の一部にしているらしい。
「内職みたいなものだけど、東京の内職ってボールペン1本組み立てて0.5円とかでしょう?島のロベは最低でも10円にはなる」へぇ~・・・すごいね。そう言って目の前にあるロベを見るとこれはもう・・・相当な金額だ!驚き!

玄ちゃんの運転する軽トラックの荷台に子供たちが乗り込み、私は助手席に。ガタガタ道を通って畑に向かう。
「島はどうですか?」大人みたいに玄ちゃんが私に話しかける。
「フフフ・・・最高だよ。あの頃と同じようにここに暮らしたいよ。みんな変わらずにいてくれて嬉しい・・・。もっともっと島に来ればよかったなって後悔してるよ」
「そうだよ。ヒロちゃん、どうしてもっと来てくれなかったの?」あっという間に以前の子供の頃みたいに戻った玄ちゃんの話し方にホッとしながら
「これからはもっと来るよ。玄ちゃんもいるしね」
「そうだよ。もっと来ればいいよ」

到着した玄ちゃんの畑は、原生林だった森を開拓して作ったもの。最初から平らな畑だったわけじゃないので、それはそれは苦労して作った畑だ。

「あの木なんかどかすのが大変さ・・・」そう指差す先に転がった大きな大きな木。
「あのままでいいの?」主人が驚いて聞く。
「畑の邪魔にはならないよ」玄ちゃんの大らかさが気持ち良かった。

私たちが島を出た後で植えたという河津桜が今見頃を迎えていて、畑の横で春を知らせる。
「素敵だねぇ・・・。気持ちいい・・・」

d0108370_964447.jpg


玄ちゃんの明日葉畑のところには、小さな湧水があったり、その周りにはセリやクレソンが自生していたりして、島にいる時にもそこには遊びに行ったりした。今の季節はたくさんの月桃が赤い実を付けていて美しい。この場所でたき火を楽しんだり、温かいミルクティーを飲んだりしたのは本当に素敵な思い出。

島の見どころや観光案内を見れば、やっぱりワクワクするけれど、本当に素敵だと思うのはいつも同じ。島の人の暮らしだ。島の人の暮らし方、島の人の生き方が本当に素敵で感動する。

東京でたき火をすれば消防車が来る。そんな生活が本当に「不自由」だと思う。たき火の点け方も知らない自分を情けないと思う。ここで教えてもらった事が私の中の宝物。

d0108370_8591597.jpg
  

子供たちは畑の上の方で何やら楽しげな笑い声を響かせている。見るとパッションフルーツを拾っているようだ。

島のパッションは本当に香りが良くて、グラスにパッションをかき出して入れたら砂糖と水を入れてジュースにする。こんなシンプルで贅沢なジュースをよく飲ませてもらった。

「全部拾っちゃおう」手提げ袋いっぱいにパッションを拾って、今度は玄ちゃんの牛を見に行く事に。

d0108370_945563.jpg


私が島に居た頃、プリンを作るから・・・グラタンを作るから・・・と、よく牛乳を分けてもらった。この牛乳が本当に美味しくて、ゴクンと飲み終えた後にくる甘さが断然違うのだ。プリンもグラタンもミルクゼリーも、この牛乳で作って見違えるように美味しくできた。時々思い出しては「島の牛乳が欲しい・・・」と嘆いている。

玄ちゃんのおじいちゃんがちょうど帰ってきて「お茶でも飲んでって」と声を掛けてくれた。
このおじいちゃんこそ、私の心から尊敬する人なのだ。

神様のような人。本当にすごい人なのだ。

八丈島の明日葉の紹介をする時、テレビなどでもよく拝見するお顔なのでご存知の方もいるかもしれない。

「そろそろ年だから、畑も小さくしようかな・・・と思っていた所に孫が帰ってくる、農業がやりたいって言うからね、こりゃ頑張らなくちゃ・・・って。ここから3年は孫の為に頑張るつもりです。人間らしく生きたいって孫に言われたら、応援するしかないものね。応援したいものね」

大きな大きな愛情を見た想いがして、私の鼻の奥がツーンとした。

「明日葉のね、新芽の柔らかいところはそのまま。外側の固い葉っぱは加工用。根っこは漢方薬になり、種も売れる。そして大切なのが牛の堆肥。牛は牛乳を出してくれるし、フンは堆肥になる。島の生活はね、上手にリサイクルされてる。そういうことに手を掛けるのを止めちゃダメなの。自分で作って自分で食べる。買う事ばかり覚えては、震災の時どうする?島は船が来なくなれば何も届かないのだから。自分たちで食べるくらいの野菜は自分たちで作る。それが島でならできるの」

おじいちゃんの話はすべて頷けることばかり。人が人らしく生きることを当たり前のようにしている人だ。

そしておばあちゃんは黙ってたくあんを切って出してくれた。
すかさずおじいちゃんが褒める。
「これ、これがおいしいんだ。食べて。この人の作るこれがおいしいんだよ。みんなにわけてあげるから、うちでは毎年2000本のたくあんを作るの。みんなが喜んでくれるから」

2000本ものたくあんを・・・・おばあちゃんの苦労って大変なものだ。それも売るんじゃない。配ってあげるのだ。すごいっ・・・。

そしておじいちゃんが褒めるだけあって本当においしい。

「また来なさいよ。泊まる所はあるから。この家以外にまだ2つ家があるから。いつでもいらっしゃい。ホテルなんか予約しないでここにいらっしゃいよ」

おじいちゃんはやっぱり神様だ。何も求めない。こちらに対して何一つ求めず、ただただ与えてくれる。ただ「いらっしゃい」と言う。

島の人の心ってこういうのがとても強い。流人の島だったせいなのか、外から来る人に島の人は優しい。何も見返りを求めずに「この島は素晴らしい」ということに誇りをもっている。

見返りを求めず「私がした事を、今度はあなたが他の人にしてください」という心だけを繋げて行く。これはおじいちゃんに限らず、島の人の心の元にある美しいものだ。

私が好きなおじいちゃんの名言がある。
「食べないと死ぬぞっ!」牛飼いのおじいちゃんらしい名言。牛は食べなくなると死ぬ。人も同じ。
「なんでも人に差し出して、どうぞどうぞと出しているうちに、気がつけば自分の元に返ってきてる」

島に生きるおじいちゃんの生きた言葉。本当に素晴らしいなと思う。

おばあちゃんが草餅とたくあんとたくさんの明日葉を包んでくれた。

ふと足元を見ると猫がいる。「みーちゃん」とおばあちゃんが呼んでいた。人懐っこいのか、みーちゃんは私に向かって歩いてくる。よしよし・・・みーちゃんを撫でて帰ってきた。

後でそのみーちゃんが、亡くなった陶芸の先生の猫だと知る。私の大好きだった先生の猫が今おばあちゃんに可愛がられている。たくさんの縁がつながるところ。引き取るという人が来たのに、おじいちゃんから離れなかったそうだ。


やっぱりここは神様のいる天国。きっと先生も笑って私たちを見下ろしているんだろうな。

子供たちは満足して、帰りの支度をする。石積ケ鼻、洞輪沢港、そしてまた大切な人のいる場所へと向かった。
[PR]
by syu1212h | 2013-02-23 06:47 | 八丈島

八丈島3

長い長い4時間にも及ぶ式典が終わって、後片付けする人、あいさつに回る人、色んな人の中で私は主人と子供たちを眺めた。

あんなに小さかった子供たちが、立派になってまたここで会っている。
この島で過ごした2年間はたった2年間だったけど、私たちの島の暮らしは今でも心の中で続いているのだ。

たった5人の教室。息子が転校生としてこのクラスに入った時、女の子4人と男の子1人。
ずっと男の子一人だったクラスに突然やって来た息子に対して、目を輝かせて言ってくれた一言。
「ねぇ、友達になろう」そう言ってくれたんのがさおちゃんの末っ子ゲンちゃんだ。
あの頃と同じように息子と友だちでいてくれる。

大人になるうちに、照れたり、忘れたり、二人の関係はいつも太かったわけじゃない。だけどこうして島で会えばあの頃と同じようにひっくり返って笑い、いつも一緒だったみたいにすぐに元に戻るのだ。

「明日は俺の畑を案内するから、見においでよ」そのお誘いは何よりも嬉しかった。島に帰ってきて農業をする彼は「僕は人間らしく生きたい」と島に戻ってきたのだ。

そんな言葉を聞くと、羨ましい気持ちになる。東京の暮らしにだってきちんと人らしい生活がある。だけど人が多過ぎてストレスを抱えるのも本当なのだ。

人を相手にする仕事は難しい。自分をコントロールして、いつの間にか自分じゃないみたいな顔をしている時がある。本当の自分と、本当の自分じゃない自分を抱える生活。東京の生活ならそれが当然のように強いられるけれど、自然を相手にしたらそれはきっと「人間らしくないな・・・」と感じるのも当然だろう。

私は東京にも人との繋がりや、本心で笑い合うことや、人を思いやる心だってちゃんとある事を理解しているけれど「ま、いっか・・・」と思う時に見上げる空が、八丈島のような青い空だったり、耳を澄ませてみたときに聞こえるのが潮騒だったりしたら・・・もっともっと心は柔らかくなるのになぁ・・・と思ったりする。

自然の中にいると木々の揺れる音や、風の匂いは、驚くほどパワーをくれる。科学的にどんなものがあるのかはわからないけれど、ただ歩いているだけで、ただ海を見てたたずむだけで、体が喜んでいるのがわかる。
そういう事が東京の暮らしの中で、すぐにできないってことが「不自由だな・・・」と思う。

もうすぐ夕日の時間。子供たちは冷たい北風の中で、あの頃と全く同じようにボールを投げて笑い合う。

あの頃と違うのは、それぞれが携帯電話を出してアドレスの交換をしたり、写真を赤外線で送ったり・・・。そして後姿はもう立派な大人にしか見えないことだ。

「次回は夏祭りね!」そう言って手を振って別れる子供たち。どうやら夏祭りでまた集まるつもりらしい。

末吉の夏祭りはとっても楽しくて、盆踊りではなく、フォークダンスを踊るのだ。生バンドで、マイムマイムを踊る。キャンプの夜みたいに賑やかで、焼きそばやヤギ肉の焼いたのが振る舞われてその手伝いも楽しいものだった。以前ユーチューブでも話題になっていたけど「高速、マイムマイム」と言われるほど、スピードアップして踊るそのマイムマイムはゲラゲラ笑ってしまうほど楽しいものだった。

小学校を後にして、ホテル「満天望」にチェックインした後、また末吉の温泉「みはらしの湯」へ出掛けた。

受付を見ると、さっきも会ったばかりのみつこおばがいた。
「あ!みつこおばっ!また会えたぁ~♪」と、喜ぶと「あっ!ヒロちゃんっ!来た来た・・・」と、両手をこちらに伸ばした。

靴をしまうのももどかしく、カウンター越しにみつこおばの手を握り「よかった~♪また会えた~♪」と、喜ぶと
「食事会はお風呂当番だったから出れなかったんだよ・・・・」と、残念そうに言った後
「だけど、ヒロちゃんお風呂に来るかな~って待ってたんだよぉ。今日はおばがおごる!ヒロちゃん来るかなぁ~って思ったから無料券バックに入れて来たんだからっ!」

イソイソとバックを取りに行くおばの背中に「今日は~、閉校式典に出席した人は~、無料ってことになってるぅ・・・」と、島の人が説明した。

はっ・・・と、振り返ったみつこおばの残念そうな顔が可笑しくて
「また来るから。その時はおごってもらうから(笑)取っておいて。またすーぐ来るから」
うんうん・・・と、頷いて、また気を取り直したおばは「ヒロちゃ~ん・・・嬉しいよぉ~・・・」と、私の手を握る。

一緒に受け付けてで働く男性が「島に居たんですか?何年前ですか?」と、主人に話しかける。
「もう12~3年になりますね。2000年頃ですから」
「うわぁ・・・そんなになる?そっかぁ・・・」おばの手は私の手を握って離さない。

「じゃ、ちょっと風呂入ってくるからさ。また後でね」
「あったまっておいで」

名残惜しそうに手を離して、私は久しぶりの温泉を満喫した。
愛娘まーちゃんと一緒に「やっぱりこのお風呂は最高」と、露天風呂から太平洋を眺める。

何度もこのお風呂からこの景色を眺めた。あの頃はすぐに帰れない東京を想って寂しい気持ちの日もあった。でも今はすぐに来れないこの場所を愛しく思うばかりだ。

ドアが開く音がして、ふと見るとみつこおばが覗きに来た。
「ヒロちゃ~ん・・・この風呂は初めてか?」
「やだよぉ・・・。私が住んでる時からあったから何度も来てるよ~(笑)」
「そっか、そっか(笑)」
「ねぇ、みつこおば!あれ覚えてる?麦ぞうすい食べたいって私がわがまま言ってさ、おじとおばと二人で海に入って貝取りに行ってくれてさ、ちっとも取れなかったって残念がってたけど、おいしい雑炊でさ、私家に持って帰りたくて袋に詰めて持って帰ってさ、あれ東京で全部食べたんだよ(笑)」
みつこおばは、うんうん・・・・と、頷いた後でまた涙を拭いた。

「また泣いてる・・・(笑)」あんまり何度も泣くので笑うと
「じゃ、ゆっくりな・・・」と、仕事に戻って行った。

風呂からあがって、ホテルに帰ると言うとおばはカウンターから出てきて、私の首に手をまわしてギューっと抱きしめてくれた。さすがに私もこれには泣いた。みつこおばが元気なうちにまた来よう。こうして会いたいと思ってくれる人がいるのだ。

「おば・・・また来るよ。おばがこうして元気に働いているうちに、また絶対来る。待っててよ」
「待ってる・・・。食事会も出れなかったし、明日は婦人部総会があるしぃ・・・なかなか忙しくてね・・・ゆっくり話したかったよ」
「今度はゆっくりお茶しようね」

夕食は梁山泊。島の料理を食べさせてくれるところだ。島寿司、クサヤ、里芋コロッケ、海藻サラダ、島の味をたっぷりと楽しんで1日目が終わった。

長い長い一日。だけどこんなに嬉しくて素敵な日はなかった。
[PR]
by syu1212h | 2013-02-23 00:07 | 八丈島

八丈島2

d0108370_995928.jpg


一番最初にのりちゃんの家に。サンルームにはおばあちゃんとご主人がのんびりとしていて、挨拶すると奥から小さなのりちゃんが出てきた。

のりちゃんは肩の力の抜けた本当に素敵な人で、イライラしたりすると彼女を想う。のりちゃんだったら「何を怒る事があるぅ?自分のできない事を人に求める事なんてできないじゃん・・・」と、笑うだろう。きっと彼女ならそう言うな・・・と思うと、大抵のイライラは解消できるのだ。生きるお手本。そして何よりもオシャレなのだ。流行に関係なくいつも素敵な人。

「うわぁ・・・のりちゃん居たっ!」「あぁぁ・・・ヒロちゃ~ん・・・こんな格好でぇ・・」パジャマ姿で床に新聞紙を敷き、何やら毛染めをしようとしていたらしい・・・(笑)
島訛りのその言い方が懐かしくて嬉しかった。閉校式出席のつもりだったので「出るでしょ?」と言うと「あぁ・・・まだ迷ってるぅ・・・」と渋い顔をしながら、また後ほど!と、別れた。

次に向かうのはさおちゃん。この前電話したからきっと元気な顔を見せてくれるだろうと思った。
「ヒロちゃ~~んっ」その言い方が島に居た時と同じで、懐かしかった。

さおちゃんはいつも私に寄り添ってくれて応援してくれる人だった。真直ぐで、一生懸命で、頑張り過ぎているように見えたあの頃。今はもっとひっそりと自分のペースを作っているようで安心している。

あんなに一生懸命で、誰の事も悪く言わず、いつも自分の罪として「私が至らないから・・・」と反省するさおちゃんの姿は、私自身の傲慢さを見せてくれる鏡のようだった。こうあるべきなんだな・・・と思うと、自然と私もさおちゃんに寄り添い「がんばろうね」と励まし合えるようになった。さおちゃんが居たから、私にとって八丈島は固い鎧を全部外して本当の私でいることを許される場所になったんだと思う。

玄関先に家族全員顔を見せてくれて、さおちゃんは今作ってたの・・・と、手作りのピロシキを持ってきてくれた。それを1つずつつまんで、懐かしいねぇ~と笑い合う。もう島に来た目的をすっかり果たせたような気持ちで私の心の中はすっかり緩んでいた。

また後で、学校でね~と、挨拶して別れた。

そして島で私のお母さんとなって支えてくれたすまこさんに会いに。
ところがいつ行ってもいない。忙しい人だ。

式典の会場に向かうと、懐かしい顔があちこちにある。たくさんの人に挨拶して、やっと会場に入ると受付に行くとすまこさんがいた。
「ばぁっ!(島の人は驚くとそう言う)やっと来た!」「あっ!やっと見つけた!ここに居たっ!」

私はすまこさんの手をハイタッチして、すまこさんも「何、今来た?まっとったじゃん(待ってたよ)」
「電話も出ないし、家も居ないし・・・」
「会えてよかったぁ。席はどこでもいいじゃ。また後でな」
忙しそうに話して別れた。

すまこさんは私のお母さんみたいに私を守ってくれる人だった。「口うるさいようだけどね、こうしなさいよって教える!ヒロちゃんが人に好かれるように私嫌な人になるよ!」と、言ってた。だけどちっとも嫌な人になんてならない。すまこさんが教えてくれた通りにして、人に感謝された。そんな事がたくさんあるのだ。

席のところで周りを見ていたら、ゆっくりと歩いて入ってくる人がいる。
お世話になったみつこおばだ。
「みつこおば!覚えてる?ヒロだよ」みつこおばの目はジーッと私の顔を見て黙っている。
「忘れたかな」
「ヒロちゃん・・・・やっと会えた・・・」そう言いながらみつこおばは両手を広げてくれた。
「みつこおば・・・元気でよかったぁ・・・」私よりもずっとずっと小さくなったみつこおばの背中をポンポンと叩くと、みつこおばは周りの人に「お世話になってのぉ・・・この人にはお世話になってのぉ・・・」と、説明していた。

お世話になったのは、私の方ばかりで、みつこおばはいつも優しかった。カレー味のじゃが芋の煮付け、畑のセロリ、グアバの実を採らせてくれたり、私が島料理の麦ぞうすいを食べたいと言った時にも無理して海で貝を採ってきて作ってくれた。私は東京に持って帰りたくて、それをジプロックに入れて持って帰ってきた事がある。楽しい思い出だ。

話していると、何度も涙を拭く。「よかったよ。会えてよかった。じゃ、また後でね。ほら、もう泣かないでっ」背中をポンポンと叩くと、何度も頷いて手を振ってくれた。

式典はたくさんの挨拶ばかりだったけど、食事会の方は本当に楽しい会だった。
私は自分の席よりものりちゃんやさおちゃんの席の方が魅力的だったので「こっち来ようかな」と、椅子を持って移動して仲間に入った。

あの頃と変わらず、誰かが話せば「そうだ、そうだ」と大きく頷き、一人が笑うと「何なに?なんだって?」と、人が加わる。いつの間にかみんなが笑って、手拍子を打ったり、立ち上がったりしながら楽しい食事会だった。

「お茶にしようか?」「コーヒーがいいか?」「不良みたいにコーラ飲もうよ」などと言ってはまた笑い、あんまりにも楽しくて興奮しまくったので「今夜はみんな夜泣きするね」と笑った。

「鼻血でるね」「知恵熱がでるね」それぞれが今日の興奮の度合いを言っては笑いあい、本当に楽しい時間だった。

続く
[PR]
by syu1212h | 2013-02-22 20:55 | 八丈島

八丈島1

d0108370_8532275.jpg


八丈島へ行って来た。こうして過去形になってしまった事が本当に寂しい。
まだまだ心だけ島に残して来てしまったみたいに目が覚めて自分の部屋にいる事に驚いたりする。

*********************************

子供たちが独立し、なかなか4人揃って行動することも少なくなってきたので、空港で待ち合わせて4人揃っていることすら私にはワクワクするできごと。興奮しながら飛行機に乗り込んだ。

16日1便で羽田を出発した時にはわからなかったけど、八丈島空港に降りると手荷物受取のターンテーブルの周りにはたくさんの知り合いの顔が並んでいた。

みんな島の閉校式に参加するんだろう。
「あら~っ!」そんな嬉しい悲鳴があちこちで聞こえて、あの頃私たちと一緒に過ごした学校の先生や、すでに東京で暮らしている島の子供たちの顔が並んでいて、八丈島空港が小さな同窓会の場所のようになっていた。

子供たちは相変わらずの人見知り感を丸出しで「たぶんあの人、友達のお兄ちゃんだ・・・」などと言いながら声を掛けられずにモジモジしていた。

そんな感覚も島にいる間にどんどん緩んでいくのだけど、最初はこんなふうに「よそ者」である自分たちを認めざるを得ないのだ。

私はすでに友だちに電話したり、島のブログなどを読んでいるので、この時点でももうワクワクしていて一日3000円のレンタカーを借りるとすぐにでも友だちの顔が見たかった。

d0108370_8581311.jpg


閉校式まで時間がまだだいぶあったので、少しドライブしながら「末吉」へ向かう。私たち家族4人の記憶を合わせてやっと1人前くらいの正確さ。色んな事がパズルのかけらを落としてきたみたいにわからなくなっていて「なつかしい~」という人と「わからん・・・」という声の間で「ほら~、ここは島に居た時にも来たじゃん」などと大騒ぎしながら記憶をたどった。

曲がりくねったカーブが終わると「ここから末吉」という看板が見える。
ここを通り過ぎたら、大好きな道に出る。初めて島に来た時、ここから見える海にドキドキしたものだ。

坂道から見るせいで、海はまるで道路の先で自分の目線よりも高い場所にあるように見えるのだ。空と海が高い場所から自分を見下ろしている。そう感じてドキドキした。私が島に最初に来た時、この場所はとても印象的だった。

初めての田舎暮らし。初めての土地。不安は山ほどあったけど、海を見た時に思った。
「きっとこの場所が好きになる」

あの時の直感通り、私はこの島の魅力を自分の一部になるくらい身に染みて感じている。この島の人たちが、この島の景色が私の中に生きている。そう感じる島での出来事を、仲間との思い出を、ここから長く長くなるけど、綴ってみたいと思う。

続く
[PR]
by syu1212h | 2013-02-22 18:41 | 八丈島